第二章 -7- 流れ行く者

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 簡素な造りの、古びた机と椅子が乱雑に並べられた店内に人は少ない。染みの目立つ木製のカウンターの席で、中年の男が一人黙々と酒瓶を煽っている。カウンターの内側には、この宿の主人と思わしき恰幅の良い男が、やや驚いた顔でラキエルを見ていた。  反射的にラキエルは瞳が黒髪で隠れているかを確認する。天使の世界でさえ忌み嫌われたそれを、人前に晒す訳にはいかない。  そんなラキエルの心知らず、主人は人の良さそうな微笑を浮かべた。 「いらっしゃい。旅人さんたぁ珍しい。宿をお求めで?」 「ああ、連れが怪我をしてしまったんだ……。休める場所を提供して欲しい」  ずり落ちかけたラグナを背負いなおす。その行動に、ラキエルの背にもう一人、客人がいることに気付いた主人が、慌ててカウンターから出てきた。ラキエルの「怪我」という言葉に反応したらしい。 「怪我って、具合は大丈夫なのか?」  胸より突き出た腹を一歩進むごとに揺らし、主人がラキエルの傍に駆けつける。すぐにラグナの方へ回り込み、彼の血の気を失った顔色に、主人は青ざめた。恐る恐る毛むくじゃらの太い腕を伸ばし、血の染みているラグナの傷口付近に触れる。 「賊にでもやられたのか?」  ただ事ではないと気付いたらしい主人が、ラキエルに問いかける。ラキエルは真相を誤魔化す嘘を咄嗟に思いつけず、主人の予測を肯定して短く相槌を打った。多分、その方が現実味のある理由だろうから。 「残念だがこの村には医者がいないんだ……」     
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