第二章 -7- 流れ行く者

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 先ほどまでの温厚さの消えた真摯な眼差しに、一瞬心臓が跳ね上がる。やましい感情などあるはずが無い。けれど今、ラキエルは一つの罪を犯した。その事への罪悪感が、ラキエルの心に影を落とす。神を敬う気持ちに嘘はないはずだった。しかし、主人の皺に囲われた瞳が、ディエルの神秘的なグレイの瞳を連想させて、微かな恐怖を感じる。濁りの無い真っ直ぐな視線が恐ろしい。ラキエルは罪を透かされているような錯覚を覚えた。  強い光の宿る瞳から目を逸らす事は簡単だ。  けれど、真剣な主人の意思に答えようと、ラキエルも曇りない瞳で主人を見返した。 「ラグナを助けたい。どうすればいい?」  堕ちた天使が以前のように、清い心を謳うなど許されない。  けれど、ラグナを救いたいという気持ちに邪な感情など何も無い。純粋に、助けて欲しいという願い。切り立った崖の端に立つような感覚。返る答えで落ちるか飛ぶか。祈るような心で、ラキエルは主人の言葉を待った。 「ああ、あんたは悪い奴じゃ無さそうだ。だから教える。ドルミーレには、命の巫女と呼ばれる娘がいる。彼女は手で触れるだけで、どんな難病でも癒せるそうだ」 「まさか……」  そんな話があるはず無い。  天使でさえ、傷を癒す術は容易に使えない。高い魔力と研ぎ澄まされた集中力、そして奇跡と呼ばれるものが揃って初めて扱えるものだ。しかもそれだけの能力を問われるのに、癒せるものは微々たるもので、転んですりむけた傷や、しおれた花を蘇らせる程度の力しかない。  天使でさえ扱いが難しいそれを、人が操るというのか。  にわかに信じられない話に、ラキエルは押し黙る。     
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