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つい先ほどの出来事を思い出し、少年は拳を固めた。冷たくなり感覚の消えていたはずの掌に、微かな痛みが走る。強く固めすぎた拳の内側に爪が食い込んでいるのだろう。しかし、少年は痛みなどほとんど感じてはいなかった。身体の痛みなど、今にも千切れんばかりに悲しむ心の痛みに比べれば、雪が頬を撫ぜる程度のものだ。
母がいれば悲しい思いなどしない。どんなに寒くとも、抱きしめてもらえれば安らかに眠る事が出来る。転んだ怪我も、母に触れてもらえればそれだけで痛みを忘れる事ができた。
今までずっとそうだった。
母と二人で生きてきた。少年には母しかおらず、また母も少年だけだった。お互いだけが唯一の家族で、それ以外に何も無い。
だから、離れる事など許されないはずだ。
(どうかおかあさんのそばにいかせてください)
少年は一心に迎えを待ち続けた。
血の気を失い、感覚すらも麻痺してしまった手を白い空へ伸ばす。
「おかあさん、ぼくもつれていって」
掠れた声で、何度も何度も繰り返す。
頭の中ではなんとなく分かっていた。母はもう、二度と少年を抱きしめてはくれない。微笑みかけてはくれない。子守唄を歌う事も、頭を撫でてくれる事もない。
母は死んだのだ。
重い病にかかり、それでも少年のためにと働き続けた結果、母は冷たくなって動かなくなった。けれど母の死を理解するには、少年は幼すぎた。祈っていれば、物語の幸せな結末のように、また一緒にいられるのだと、そう信じていたかった。
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