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「ええ。あなたにも、あなたの帰りを望んでいる家族がいるわ」
「……母さんはもういない」
ローティアは悲しげに呟く。
シシリアはその言葉に身体を強張らせた。ローティアを抱きしめる力が微かに緩む。その一瞬の隙にローティアはシシリアの肩を押して、少しの距離をとる。
「ローティア……」
正面から見据えたローティアの瞳は、溢れるほどの悲しみに満ちていた。喪失感と絶望が入り混じった、暗い瞳。けれど悲しみの雫は、彼の瞳の中で凍り付いてしまっているのだろうか。誰よりも泣きたいはずのローティアの瞳は、涙を流した形跡を残していなかった。
ローティアに父は居ない。母は人知れずローティアを産み、女手一つで育ててきた。彼女自身も、遠くの地から流浪してきた身であり、天涯孤独であったため、ローティアに親戚など存在しない。
母を失ったこの少年は、本当に一人きりだった。
「聞いてローティア」
彼を救いたいと願い、シシリアは単身凍える街を駆け抜けてきた。悲しみに暮れているであろう少年に手を差し伸べるために。ローティアを救えるのは自分だけだ。暗示のように心で繰り返し、シシリアは震える唇を開いた。
「おばさまの事はとても悲しいわ。でも私がいる。私が、あなたの新しい家族よ」
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