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第二章 -9- 命の巫女
静かだった。
先ほどまで頭に直接響いていた耳鳴りも、夜の風のざわめきも、いつの間にか消えていた。
夜が少しずつ明けて、闇が逃げるように地の果てへと姿を隠す。草花が朝露を身に纏いきらりと光りを零し、一日の始まりを告げる清々しい空気が辺りに満ちた。眩いばかりの日が昇り、新緑の大地を柔らかく照らしている。
しかし、視界に映るものは全て、どこか霞がかっていた。
小鳥の声も、風の音も、己の足が草花を踏む音すら何も聞こえない。
ラキエルは、真紅の瞳を細めて、空を仰いだ。
額から、一筋の汗が頬をすべり、大地に溶けて消えた。
夜通しで歩き続けるうちに、少しずつ、体から力が抜けていく。
ラグナを背負う力も弱まり、今にも大地へ落としてしまいそうになる。
(もう少し……)
目と鼻の先に、人の住まう気配を感じる。宿の主人の言っていた、ドルミーレの村で間違いないだろう。そこへ行けば、命の巫女と呼ばれる治癒能力を持つ人間がいるはずだ。一刻も早くラグナの傷を癒してもらわねばならない。
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