第二章 -9- 命の巫女

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 少しの猶予もなかった。背負ったラグナは、ぐったりとしたまま動かない。体温が失われていないので、辛うじて生きてはいるようだが、それでも限界に近いだろう。応急手当を施した傷口の布は、すでに赤く染まりきった。  一休みをするわけにはいかない。けれど、一歩を踏み出すための足が、鉛のように重かった。泥沼を必死に掻き分けて進んでいる感覚。足を止めればそこで、底なし沼に引きずり込まれてしまう。額に滲む脂汗を拭いもせず、ラキエルはただ真っ直ぐに歩く。  霞む視界の先で、金色の何かが見えた気がした。  ラキエルは瞳を細め、前方に浮かぶ影を判別しようとする。しかし、濃い霧でも立ち込めているかのように、朧な影だけがゆらゆらと陽炎のように揺れた。  前方に気を取られるあまり、ラキエルは足元への注意を怠った。不意に、何かに足を取られ、踏みとどまる余裕もなく大地へと倒れこんだ。ラグナを背負ったまま、前のめりに大地へと頭をこすり付ける。頬に痛みを感じるも、呻く声すら出なかった。  体温よりも冷たい土の感触が、酷く心地よかった。駄目だ、立たねばならない。脅迫に似た概念が脳裏に響くが、ラキエルの四肢はピクリとも動かなかった。徐々に手足から、底の抜けた泉のように力が抜けていく。  強烈な眠気を感じながら、ラキエルはもう一度だけ前方に目を向けた。  黄金の影が、ラキエルに向かって走っているように見えた。     
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