第二章 -9- 命の巫女

5/18
前へ
/314ページ
次へ
 シシリアは引き寄せられるように、男の方へ走り出した。教会へ持って行くはずだった見舞い品や清潔なガーゼや包帯の入った籠を地面に捨てるように投げ、加速する。男が何かに足を取られたのか、均衡を崩し前のめりに倒れた。背負っていたもう一人が、大地へと落ちて二回ほど転がり、動かなくなる。  シシリアは悲鳴を上げそうになる口を閉じて、二人のもとへと駆けつけた。倒れた青年に近寄り、恐る恐る声を掛ける。 「もし……、大丈夫ですか?」  シシリアは己の服の裾が汚れるのも構わず大地に膝を立て、倒れた青年を揺すってみた。しかし、返事は無い。 「失礼します」  小さく断りを入れて、シシリアは青年を仰向けにさせた。  黒い髪の、まだ若い男だった。顔色が悪く、唇は血の色を完全に失っている。視線を青年の身体に向けると、彼の纏う白い法衣のいたる所に、赤い色が染みていた。聖職者を思い浮かばせるような、ゆったりとした法衣は、小さな穴がいくつもあり、そこを中心に血が滲んでいた。  シシリアはそっと、青年の頬に手を伸ばした。  土気色の肌には生気がなく、指先で触れた頬は体温が低下し、呼吸も聞き取れない。けれど、命の巡る鼓動が、弱々しくも響いていた。  ――生きている。  まだ間に合う。  シシリアは一瞬躊躇った。  先ほど交わした弟との約束を、違えねばならない。  しかし、失われつつある命を、見過ごすわけにもいかない。  シシリアは僅かに手を止めたが、覚悟を決めて意識を集中させた。     
/314ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加