第二章 -9- 命の巫女

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 痛みを覚悟していたが、風穴を開けられていた腹部は、ちくりとも痛まなかった。不思議に思い手を伸ばす。そこで自分がサテン生地の滑らかな布の服に着替えている事に気付いた。足首までの丈の、首を通すところだけぽっかりと空いた、楽な着物だった。淡い灰色の艶やかな生地は、ラグナには馴染みのないものだ。頭部に手を伸ばす。いつも目深に被っている黒い帽子は無く、ぼさぼさとした鳶色の髪をかき回した。  一体これはどういう状況なのだろう。  ここは恐らく人間の家だ。比較的裕福な屋敷だという事は、部屋の広さや調度品から窺える。問題なのは、どうして自分がここにいるかだ。二の次に、深く負った傷が癒えている事。  ラキエルが癒しの術を使ったわけではないだろう。天使といえど、命を脅かすような傷を一瞬のうちに癒す事はできない。ましてや、ラキエルは魔術が不得手だったはずだ。  ラグナの予定では、怪我は天から落ちる最中見つけた寂れた村で癒すはずだった。天使は人間よりもずっと強い生命力を持つ。腹に風穴を開けられたくらいでは死なない。高い生命力を持つ代わり、重傷を負った場合、体力の消耗を抑えるために、身体は仮死状態に入る。呼吸や体温はぎりぎり生きていられる程度まで抑えられ、意識は深い眠りにつく。そうしている間に追っ手に見つかっては不味いのだが、そうするほか道は無かった。  けれどここは、どう考えてもあの村ではない。ついでに、こんなに早く傷が癒えるはずも無い。何があったか、まずはラキエルに問うべきだろう。  ラグナはラキエルの気配を探した。     
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