第一章 -1- 白い牢獄

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 ラキエルは先の四人の天使たちのように、悪事を働いた事は一度だって無い。師である大天使やディエルたちには、真面目な天使と評価されてきた。事実、ラキエルは今まで規則を破るような事はしていないし、平穏であればそれが一番だと考えている。善悪の区別もはっきりと分かっている。  しかし、何故かディエルに真実を告げるのは躊躇われた。 「庭園の方へ、行きました」  嘘をつくのはいけないと思いながら、ラキエルは廊下ではなく庭園を指差した。ディエルが視線をそちらに向ける。 「そうか」  短く答え、ディエルはラキエルを見つめた。深い灰色の瞳に見つめられ、ラキエルは心の内が見透かされている気がした。天使といえど、心を覗く術は無いはずだ。そう理解していても、後ろめたさからラキエルは視線を外した。 「ラキエル、何かあったのか?」  ラグナの事を聞いた声とは違う穏やかな口調で、ディエルは問う。  ラキエルは手に持っていた小さな骸を背に隠し、俯いた。  脳裏に浮かんだのは、先ほどの四人の天使たち。彼らはラキエルに対する嫌悪感をはっきりと行動に出す。彼らだけでは無い。この神殿にいる半数以上の天使が、ラキエルを蔑んでいた。廊下を歩くたびに耳に届く嘲笑、陰口。侮蔑を含んだ痛いほどの冷たい眼差し。  この白い天使の世界は、ラキエルにとって牢獄だった。     
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