第一章 -2- 救いの手

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 ラキエルは毎朝早くに、祈りの間へと足を運んでいる。一日の平穏を願い、神への感謝の言葉を伝えるのが、ラキエルの日課であった。早朝のこのひとときは、ラキエルにとってもっとも心安らぐ時間だった。一人きり、誰の干渉も受けずに瞑想にふける。しんと静まり返るその空間では、嘲笑も嫌味も耳に届かない。神の御前で、ただ平和を望み祈りを捧げる。未完全な天使であるラキエルに唯一許された、人のための祈りだ。  けれど祈りの間に辿り着く前に、四人の天使に絡まれ、ラグナを垣間見て、ディエルに遭遇し、その後、知らぬ男に出会った。  漆黒の外套を頭よりすっぽりと被った、異質な男の姿が脳裏に浮かぶ。  ――お前の存在は、この天界の汚点となる。  男の言葉が蘇り、ラキエルは力なく石の床に膝をつけた。  突然その言葉を告げられた時は、何の事かと戸惑った。しかし、冷静にその言葉の意味を考えれば、思い当たる事柄があった。  ラキエルの存在は、天界に混乱をもたらす。それは、紅い瞳のせいだけではない。  ラキエルには二つ、知られたくない秘密があった。  一つは長い前髪で隠した瞳の色。  そして、もう一つは――。 「ラキエル」  石の床を見つめるラキエルの耳に、聞き知った声が届く。  顔を上げるとそこには、先刻別れたはずの老天使が静かに立っていた。柵を挟んだ外側で、ディエルは悲しげな表情を浮かべている。灰色の瞳には、哀れみのような感情がちらついていた。 「……ディエル様?」  引き絞るような声色で、ラキエルはディエルに応える。     
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