第一章 -2- 救いの手

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 口元に笑みを浮かべようとして、ラキエルは己の表情が引きつっている事に気付く。長年笑った事など無かった顔は、優しく微笑む事を忘れていた。何故だかそれが悲しくて、ラキエルはごつごつとした石の床へ視線を落とす。長い前髪がさらりと零れ落ちて、顔の半分を覆い隠した。  痛々しげなラキエルの様子に、ディエルは己の非力さを感じた。天使として生まれたラキエル。彼は、笑う事すら許されず、過酷な運命を強いられてきた。外見的特長という、実に下らない理由で迫害を受け、滅びの紋の呪いに苛まれてきた哀れな青年。ディエルはそんなラキエルを救ってやりたいと思っていた。誰かがラキエルを憎むのならば、ディエルはその何倍も、この天使を愛してやろうと心に決めていた。  だが、それは全て叶わずに終わる。  ただ檻の外側より見守る事しか出来ぬ我が身を呪い、ディエルは拳を固めた。  ディエルの役目は、ラキエルが裁かれるその日まで、檻に幽閉して誰の目にも触れないようにする事だ。そう、天界の指導者より、直々に命じられた。  ディエルに身勝手な行動は許されない。  神殿を預かるものとしての責任は、決して軽いものではないのだ。  俯くラキエルをただ悲しく見つめて、ディエルは最後の一言だけを呟いた。 「十日後の夕刻、月の女神の前でそなたは裁かれる」  ディエルはラキエルの感情を読み取る事ができなかった。     
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