第一章 -2- 救いの手

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 黒髪の合間より覗く寂しげな瞳には、怒りも絶望も存在しない。ただ途方もない悲しみだけが満ちて、それがディエルの心を痛めた。 「……ええ。ディエル様。少し、一人にさせてくださりませんか?」  俯いたまま、ラキエルは平然とした声音で言う。  ディエルは無言のまま頷き、牢に背を向けた。  重々しい足取りでディエルは牢獄より立ち去っていく。その後姿を見つめながら、ラキエルは深く息を吐いた。  今更、反抗する気は無い。  女神の呪いがもたらす脅威を考えれば、ラキエルを抹消するのは当然だ。例えそれに、ラキエルの知らない思惑が含まれているのだとしても、結果は同じ事。ただ、一人でもラキエルの死を嘆いてくれる人がいるのならば、それだけで良い。  最後に見つめたディエルの悲しげな瞳が、脳裏に焼きついて離れない。  よろよろと柵より離れ、ラキエルは石の壁にもたれ掛かる。気力果てた囚人のように、だらりと床へ腰を下ろした。  残された時間は十日。  普通ならば、過去を振り返って思い出に浸るものだろうか。それとも、神に祈り懺悔するのだろうか。だが、そのどちらも、今のラキエルには出来そうになかった。  過去を振り返るほど、ラキエルには良い思い出がない。  神に懺悔するにしても、何を告白するのか思いつかない。  今は一人になりたかった。     
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