序章

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 遠く噂が流れるほど、確かに彼女は美しかった。白雪の如ききめ細やかな白磁の肌、やや切れ長の黒い双眸は長い睫に縁取られ黒曜石のように深く煌いている。鼻筋は細くその下の唇は紅など塗らなくとも血の様に赤い。可憐な女ではなかった。野に咲く蘭には決して例えられないだろう。もし例えるならば、茨に咲いた薔薇のような女。触れれば傷つくと分かりきっているのに、触れられずにはいられない孤高の花。外見だけでなく、女は心の芯から鋭い棘に守られているようだ。強い光を湛える双眸は、威圧するような鋭さを帯びて天使を見据えていた。 「……して、お前は明日暴君の目前で死んでやるつもりか?」  王族がいては国は滅びぬと言いながら、明日滅びる国の追悼をしていたラフィーナ。それはつまり、彼女が死ぬという事だ。ゼルスも美しい姫君の骸が欲しいわけではないだろう。それを知っているからこそ、彼女は何らかの方法で死んでやるつもりなのだ。  天使の予想を裏切らず、女は深く頷いた。 「わたくしは、父と民の誇りを継ぎ、決して彼の王には媚びないでしょう。……白き神の御使いよ、わたくしは貴方にも救いを求めない。千の歴史を刻み続けてきたデルフィーネの皇女として、先に逝った者たちの為にも、堂々たる最期を迎えましょう」 「勇ましい女だな。滅びの女神に選ばれただけの事はある……。だが、何ゆえ救いを求めぬ? 目の前に天使が舞い降りたならば、縋るが人というものだろう?」  嘲るように男が問うと、ラフィーナは挑むように天使をきつく見上げた。 「我が願いは永遠に叶わぬ。もはや、わたくしに残された道はただ一つ。誰にも、それを変える事は出来ないでしょう。それが例え神の御使いであろうとも……」  ラフィーナは長い睫を伏せ、天使より視線を外し俯いた。     
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