第一章 -3- 脱走

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 ひらりと手を振って、ラグナは牢獄の出口へすたすたと出て行く。黒衣で身を包んだ三枚羽の天使は、突き当たりの壁にぽっかりと大口をあけている暗い回廊へ、飲み込まれるようにして消えた。  再び薄暗い牢獄に静寂が満ちて、ラキエルは身体から力を抜く。  薄い法衣越しに感じるひんやりとした石の感触が、今は心地よい。  ほんの少しの間に運命が二度も転向し、命の危機に陥っているなどとは思えないほど、心は静かであった。  ラグナの思惑は未だに理解しかねるが、彼の差し伸べた手を掴んでしまった今、後戻りをする気にはなれなかった。  運命に委ねようと思っていたこの命。生きながらえさせた先に何があるのかは、ラキエルにも分からない。ただ、生きていたいという思いだけで、茨の道を選んだ。それが正しいとは思わない。過ちを犯そうとしているのも、十分に理解しているつもりだ。けれど、負い目を感じるのと同じだけ、生への願いが存在している。  最終的に、罪悪感よりも生への執着が勝ってしまった。  ただ、それだけだ。 「……天に坐す我らが母よ、我が愚かな決断をお許し下さい」  瞳を伏せて、ラキエルは最後の祈りの言葉を紡ぐ。  幾千も昔に大地と共に眠りについた太古の神々へ、届かぬと知りながらも許しを請うた。罪無き罰を背負い空へ還るより、神より与えられたこの命を生かす道を選ぶ傲慢さを、どうか優しく見届け給え。     
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