第一章 -3- 脱走

20/22
前へ
/314ページ
次へ
 逆らうつもりなど無かったはずだったのに。どうしてかラグナの手を取ってしまった。柵の合間より差し伸べられたその手を、振り払う事もできたはずであったのに。罪悪感も存在していた。けれど結局、ラキエルはディエルに背いてしまった。決してラグナが強要したわけではない。ただ、ラキエルがそう願ったのだ。 「……俺が生を望んだから。だから、ラグナが手を差し伸べてくれた」  今までディエルの存在はラキエルの心の支えであった。けれど最後の最後で、ディエルはラキエルを救ってはくれなかった。見ず知らずのラグナだけが、ラキエルに生きるための道を示してくれた。その手に縋ってしまったのは、ラキエルの心の弱さ故なのかもしれない。けれど、今更後戻りはできないのだ。 「お許し下さい。……俺は、生きます」  ゆっくりと立ち上がって、ラキエルは剣を鞘から抜いた。白銀の刀身が姿を現して、その鏡の如き刃に映った己の瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。  剣の柄はぴたりと手に吸い付き、その巨大な刃に似合わず不思議なほど軽かった。使い心地を確かめるように一振りして、ラキエルは剣を構えた。 「ラキエル……、そなたは天を裏切ってはならぬ」 「しつこいぞ、じじぃ。諦めるのはあんただ」  ラグナが鋭く一喝して、ラキエルの傍に降り立つ。  ディエルは悲しげに瞳を伏せて、俯いた。誰にも聞き取れぬほど小さな声で何かを呟き、ディエルは胸に手を当てた。     
/314ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加