第一章 -3- 脱走

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 悲しげなディエルの様子に、ラキエルは心を抉り取られるような痛みを覚えた。ディエルが悪いわけではない。ただ、ラキエルの願うものと、ディエルの望むものが違ってしまったのだ。ラキエルはもう後ろに引く事はできないし、ディエルとて同じだろう。ラキエルにとってディエルは敬愛すべき者であり、恩師であり、父であった。その人を裏切るという事に、罪悪感が無いわけがない。  鈍る決意を誤魔化そうと、ラキエルは深紅の瞳でディエルを見つめる。  ディエルもまた、灰色の瞳で真っ直ぐにラキエルを捕らえていた。 「……ならば仕方が無かろう。この者達を捕らえよ。抵抗するならば、傷つけても構わん!」  後ろに控えた天使たちに命じると、ディエルは手を上げた。  それを合図に、武装した十人ほどの天使は、勢い良く祈りの間の中へ足を踏み入れる。鋭い穂先は真っ直ぐにラキエルに向けられている。  ラキエルは剣を握る腕に力を込めた。  相手は十人程度だが、対するこちらはラキエル一人だ。ラグナを護りながら戦えというには、あまりにも分が悪い。けれどこの場に逃げ道は無い。後ろは崩れた壁と、恐らく戦ってはくれないラグナ。前には怒涛の勢いで迫る天使達。  槍先がラキエルの剣の届く位置まで近づき、ラキエルは覚悟を決めて剣を振り上げた。 『――やめて』  風の鳴る音に混じり、小さな囁きが耳元を掠めた。  はっとして動きを止めたラキエルに、異変が生じる。  身体がふわりと浮き上がったような気がして、慌てて身をよじったが自由が利かない。薄い金色の膜状のものがラキエルを包み込み、宙へと浮かばせた。     
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