序章

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 天使が近づくにつれ、月明かりの影で見止められなかった彼の顔が露になる。ラフィーナは息を呑んだ。天使はその名に相応しい、完璧に美しい容貌を兼ね備えていた。銀か淡い白金だと思い込んでいた髪の色は、透けるほどに混じり気の無い純白。それは癖一つ無く真っ直ぐ背に流れ、腰に届くほど長い。彫刻のように堀の深い目鼻立ち、髪と同じく色素の薄い肌。しかしラフィーナは天使の造形の美しさに驚いたわけではなかった。彼女の視線は、彼の一部に注がれていた。全てが淡い色彩の中、禍々しいほどに映える紅。それは真っ直ぐにラフィーナの瞳を覗き込んでいる。見た事も聞いた事も無い深紅の瞳を、ラフィーナは魅入られたように見つめた。 「女、自由を望むか?」  深紅の瞳持つ天使に問われ、ラフィーナは弾かれたように肩を震わせた。  血と屍は恐ろしいと感じなかったのに、この天使の瞳は何と毒々しいのだろうか。天使の容貌の中に、悪魔のような瞳。冷たく突き放したような、人を見下げた視線。血よりも赤く、紅玉よりも高貴な色彩。恐ろしいと思う反面、それは酷く美しい。  ラフィーナはその瞳に抗うように、きつく男を見据え、震える肩を両手で抱く。気負けしていると感じ取られないように、声色を落として天使の問いに答えた。 「自由を望んだわ。でも、それは遥か昔の事。今は叶わぬ夢を見たと、その愚かさに自嘲するだけ。滅びを待つだけのわたくしに望みは無い」  ラフィーナの言葉を理解していないのか、更に天使は座り込む彼女に近づく。ラフィーナは心の内で微かな恐怖を覚えた。死を覚悟し、滅びを待つだけと思っていた命が、近づく天使に恐れを示す。鼓動が早まり、込み上げる震えを必死に押し殺して、ラフィーナは耐えた。     
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