序章

9/12
前へ
/314ページ
次へ
 鼻先が触れるほどに近づき、天使はラフィーナの目線まで腰を折り、屈む。息を止めて成り行きを見つめるラフィーナの頬に、冷たい指先が触れた。滑らかな感触を楽しむように頬を滑り、天使の手はラフィーナの顎を捕らえる。軽く指先に力を入れられ、ラフィーナは否応無しに天使の方へ顔を向ける。深紅の瞳が間近にあり、その透き通るような紅が、ラフィーナを捉えていた。 「デルフィーネの皇女ラフィーナよ、滅びの女神デラに愛されし娘。望み無きそなたに自由を与えよう」 「……何を今更」  天使の言葉を聞き、心の奥底から込み上げてくる感情は、虚しいほどの悲しみだった。今、望みが叶っても何の意味も無い。家族も友も全て失った今、自由など何の価値も持たないのだ。滅びを待つ命に、希望など与えてどうするつもりなのだろうか。  堪え続けてきた悲しみ、怒り、絶望、虚無、その全てが心の中で渦巻いていく。混ざり合い、どうする事も出来ない思いを、ありったけの憎悪を込めて天使にぶつける。ラフィーナはきつく、白い神の御使いを睨みつけた。  今更何故。そう目で訴え、ラフィーナは天使の手を振り払おうと腕を振り上げた。大きく振りかぶり、天使の手めがけて振り下ろす。けれどそれは、天使の空いていた手に阻まれ、掴みあげられてしまう。手首の骨が軋み、その痛みにラフィーナは顔を歪めた。  自分をきつく見据えるラフィーナに、天使は微笑みかけた。 「共に来い、ラフィーナ」 「……天使の世界へでも連れて行くというの?」 「いや、違う。私は既に堕天した身。そなたと同じく、追われる側の者だ」     
/314ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加