第一章 -5- 堕天

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第一章 -5- 堕天

 何かを考えている暇などなかった。  ただ真っ直ぐに飛んで、逃げて。一秒でも早くこの世界から消えたくて、背後を振り返りもしなかった。捕まれば最期、待ち受けるのは死。はっきりと予想できる未来に、勿論恐れはある。だが、ラキエルにとってそれ以上に恐ろしいものがあった。死への恐怖などよりも遥かに恐ろしいもの。それは、老天使の軽蔑の視線だ。ディエルを裏切りラグナの手を取った事への罪悪感が、ラキエルを突き動かす。  祠の上にぽつりと浮かぶ、天と地を分かつ唯一の出入り口。時空の門へ飛び入ろうとして、けれど何かに後ろ髪を引かれるように動きを止めた。何故か急に不安になって、背後を振り返る。数本の弓矢が、ラキエルの頬を掠めて通り過ぎた。細い鮮血が宙に舞い、雲に溶けて消える。しかしそれを気にせず、ラキエルはすぐ背後にいるであろう黒衣の天使を探した。  今の今まで傍にいたはずのラグナが見当たらない。  背後から迫る矢も、天使の姿も視界に映りこまない。いや、見つけられなかった。 (視界が暗い……?)  少し前まで、僅かな月光が夜道を照らしていたはずだった。     
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