出(殴り)会い

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 両者の距離は8メートルほど。普通に考えれば、まだ備えるべき間合いではない。  だが、カリルの脳内では、既に警鐘が鳴り響いていた。 (無手のこちらを警戒して、距離を取るわけがない。だとすれば、あいつが先に構えた理由は――)  これこそが、自分の戦闘距離だと理解しているから。そうに違いない。 先ほどから一歩も動いてなどいないが、風太から目を離すわけにはいかなかった。  相対距離を一瞬の間に詰める技術が存在するのを、カリルは知っていた。遠心力と体重移動、特殊な足捌きを用い、滑るように接近する歩法。縮地法とも言われる。形や方法は違えど、あらゆる格闘技で研磨されて来た技術でもある。だが、同時に廃れていった技術でもあった。その理由は――  思わず、思索が中断させられる。先刻まで耳元でうるさかった風の音が止んだ。それだけだ。たったそれだけのことだが、意識を眼前の少年へと全て持っていかれる。  ――風の音が止んだ? 少年の黒髪は、今もまだ踊り続けているのに?  否――  身体が、本能が、風の音を聞くために割くリソースを惜しんだのだ。それほどまでに空気が張り詰め、全神経が研ぎ澄まされ、相手の一挙手一投足を見逃すまいと――  見逃した。 (!! 消え……!?)  視界のどこからも、少年の姿が消え失せた。背後、側面、経験則ですぐに警戒すべき方向が頭に浮ぶ。  少年の性格上、死角からの不意打ちはないだろう。そう深く考えたわけではないが。  ごく自然の成り行きとして、下を向いた。予想通り、そこに少年を見つける。鞘に入った刀を、下方から振り上げるところだった。  死角から不意を打ったつもりは、本人にはなかったのだろう。結果的に死角に入ってしまっただけだ。  少年を見失って再び見つけるまで、すべては数瞬だったが。  身体は反応していた。逃れられない攻撃から身を守るため、両腕で身体をかばう。刹那にとてつもない衝撃が走り、カリルの身体は宙に浮いていた。 (なんっ……だ!今のは!)  後方に吹き飛ばされながら、カリルは驚愕していた。 (縮地法?間合いを詰める?そんな次元じゃない――)  詰める、というのは線の動きだ。始点と終点があり、過程として線で繋がっている。 その線の部分の空間を、始点から動いて終点にたどり着くことで無くしてしまう、そういう動作のことだ。
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