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⑴
宮本武蔵は悩んでいた。
宿敵吉岡家から果たし状が来てしまったからである。
しかも先方は今回、まだ『こども』を大将に立てての決闘だという。まったくどういうつもりなのだ……。
武蔵はかつて、吉岡家当主を二度も倒したことがあった。
それもあり、吉岡家の面子にかけて今度は死にものぐるいで来るつもりだろう。
決闘の相手である吉岡亦七郎はまだ12歳。ということは、こども相手では怯むであろう人間の性を見越してのことなのか?
あほか、わしを誰だと思っとるんじゃ。
絶賛売り出し中の兵法家じゃけえね。
多少の汚い手を使うのは当たり前。倒しゃあええからの。
⑵
もう一度言うが、武蔵は絶賛売り出し中の兵法家である。つまり、まだぽっと出の新参者と言えなくもない。
一方の吉岡家は、かつて足利将軍家指南役も勤めた兵法の名門家である。
将軍家指南役ということは、日本最強の侍たちということだ、おそらく。
門人の数も比較にならない。
そんなことを思うと、ちょっとビクつく武蔵ではあった。今回も決闘の日に向けて、緊張は高まり平常心ではいられなくなる。
そうして迎えた決闘の日。
場所は京の一乗寺下り松。
時刻は夜明け前。
決闘当日、武蔵は弟子たちをかき集め、夜が明けるだいぶ前から約束の場所に赴くことにした。
先手必勝で、相手が準備する前に攻撃を仕掛ける作戦だったが、宮本一門が下り松に到着した時、すでに吉岡一門は篝火をあかあかと焚いて準備万端であった。
そんな吉岡一門の様子を、土手の上からこっそり見ている宮本一門は、想定外の出来事に震えているしかなかった。
しかも、ひい、ふう、みい、…………。こちらの10倍は人員が居るではないか!
これはもうだめだ、これはおえん……。
がっくり来た武蔵の目に飛び込んで来たのは、陣地ど真ん中で、床几に腰かける大将の亦七郎の姿だった。
想像以上に少年だった。まだほんの『こども』だった。
「ちっさ!」
思わず言ってから、武蔵ははっとなる。
雷が落ちたように、武蔵は天啓にうたれたのである。
「あそこを最初に一気に突けば、勝てるかもしれん!」
ところが、同時に弱気の虫がムクムクと。
いやいや、相手は名だたる兵法家一族、少年といえど侮れん。ああ見えて恐るべき使い手かもしれないではないか。
彼を守る門人たちも吉岡流の最強の使い手ばかりだ、おそらく。
勝てる気がしねえ……。
しかし、再び武蔵は『こじつけ』という名の天啓を受けたのだ!
「逆に言えば、俺は、俺が編み出した『二天流』で最強の使い手じゃね? 弟子たちもそうじゃ。二天流に限って言えば日本一、最強の集まりじゃ」
覚悟は決まった。
武蔵は、大刀と小刀を高々と掲げると、一気に土手を駆け下りた。
弟子たちが従いてきていると信じ、両腕を振り回しながら、吉岡一門の陣地に突進する。
「二天流、宮本武蔵流の最強軍団の力を見せてやるけえ!」
アドレナリンは炸裂し、脳内イメージは完璧。察するに、武蔵はその瞬間、逝っちゃってたのに相違ない。
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