2836人が本棚に入れています
本棚に追加
/547ページ
死を越えて語り掛ける恩師の声が、最上の耳にそっと寄り添う。
便箋を持つ最上の両手が、震えていた。
「俺……でも俺が、酒井先生を死に追いやって……」
「違います。ここに書いてある事こそが真実です。酒井教授は、最期まで最上先生を愛していた」
最上の目から涙がとめどなく溢れる。
文字が濡れて滲まないよう、奈緒子は最上の手からそっと便箋を取り、脇に置いた。
「最上先生の幸せを願っているというかけがえのない言葉を、先生は信じられませんか?」
空を覆っていた黒い雲が割れ、隙間から澄んだ蒼色が現れ始める。
天の光が障子を抜けて仏間にも降り注ぎ、畳の床に二人の姿の影をつくった。
奈緒子は、最上を正面から抱きしめた。
――私の腕の中で震える身体は、どんな感情から、涙を流しているのだろう。
少なくとも悪い意味ではない筈だ。
最初のコメントを投稿しよう!