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「最上先生」
これで、独りで背負ってきた任務の重荷からも、大事な人を死に至らしめたかもしれない苦痛からも……最上先生を縛りつけていた全てから解き放たれたことだろう。
「きっと先生は、幸せになれますよ」
奈緒子は、盆前の暑い夏の日、酒井が眠る墓を訪れた後に、最上が語っていた言葉を思い出した。
――正直に言うとね、俺も『何も背負わない幸せ』を知ってみたい――
もう大丈夫だ。最上先生は、これから、心から願っていた世界で生きていける。
***
城北大学文学部棟の5階、奥から2番目に構える最上研究室は、季節を問わず本の香りに充ちている。
「最上先生。こちらの手書き文書は、全てパソコンに打ち終わりました」
「そう。じゃあ次はこっちのデータ化をよろしく。誹諧だから比較的早く作業は終わると思うよ」
「かしこまり……って、多すぎやしませんか!?もう1週間はぶっ通しでパソコン入力をしていますけど!?」
奈緒子がつい愚痴を漏らすと、最上は朗らかに笑った。
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