あらたまの日

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「へぇ……難しそうですね」 「うん、難しいし、厄介だ。研究が行き詰まって嫌気が差すことも往々にしてあるけれど、それはただ、俺が文献の声を拾えていないだけだから」 「文献の、声を拾う?」 これまた抽象的で文学的な表現に、奈緒子の理解は追い付けない。 その意味を問うように最上の言葉を反復すると、彼は慈愛に満ちた眼差しを、手元で揺らしているグラスに送る。 「文献資料が語ってくれていることを、俺らが一つ一つ拾っていくんだ。『本当の僕を見つけて』『僕は本当はこんなことを主張したいんだ』って言っている、古典たちの声なき声を、俺が論文の形にして世界に伝える。要するに、まだ明らかにされていない古典文学の意味内容を、解釈し分析する。過去を見つめて、その叡智を現代に甦らせる作業をしているんだ」 「知られていないものを見つけて、発信する……ということでしょうか?それって、とんでもなく難しいことですよね。今まで誰も見つけられなかったものを、新しく見つける、ということですもんね」
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