片思(かたおもひ)

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「それに俺、最上先生のことを尊敬しているんだ。優れた研究者なのに謙虚で律儀な人だから。ほんと、先生と一緒に仕事が出来る鈴原さんが羨ましいよ」 それは、私も思う。心の底から共感できる。 奈緒子は両手で包んだグラスを、指で無為に、ぎこちなく撫でた。 炭酸の細かな気泡が立ち上っては消えていく。 「私も……最上先生のお陰で今のお仕事は楽しいです」 *** 「あの、最上先生」 何度も声を出そうとして、その度に躊躇って、断念して。 やっとのことで最上に話し掛けることに成功した時、彼は今にも崩壊しそうな古い書物を捲っていた。 細い雨垂れのような墨文字は、何を著しているのか分からない。 「えっと、お隣りが何の部屋なのか、伺っても宜しいですか?」 「えー、駄目ー」
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