第1章

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現実殺し                             蒼ノ下 雷太郎   OP  友人Sは、いい奴だった。  しかし、いい奴だからといって幸せになるとは限らない。世の中はいつも理不尽で、いい奴なのに不幸になることもある。下手したら、いい奴だったからこそ、不幸になることもある。いや、不幸中の幸いで、Sは前者だったが、いや、何が不幸中の幸いだ。  Sの両親は、交通事故にあった。  彼が大学生の頃だった。祖父母はおらず、親戚もいなくて、彼は二十歳になる前の若さで天涯孤独になり、その歳は施設に入る歳ではなく、大学の金が払えず辞めざるをえなくて、今後は一人で働いて暮らす必要があって。 『なあ、現実殺しってアカウント知ってるか』  そんな友人Sと久々に話したとき、その噂を聞いた。  いわく、ごく一部で流行っている噂――都市伝説なんだとか。  そんなもの、そんなものに、すがろうとしてるのか。そんな、都市伝説なんかに。 『何でも、嫌な現実を殺してくれるそうだよ。自分がこの世界から逃げ出したい、自分をぶち殺すことでしか解決できなさそうなとき、代わりに現実を殺してくれるって』  SNSで評判なんだってさ、と。 『そうだよな。俺は何も悪いことはしていない。悪いのは現実の方だ。本当に死ななきゃならないのは、現実の方だ』  後日、彼は行方不明になる。  スマホの経歴には、調べ物をしていた跡が残されていたらしい。  001  俺は、電話でSと話したとき、ろくなこと言えなかった。  何て言ったかは覚えている。  ふざけたことに、俺は遊びにでにも連れてって、気晴らしになればなんて考えてた。 「すまん、その日もバイトがあってさ」 「え、あ、すまん」  よく考えれば分かることだ。友人と遊んで何になる。これ以降の現実がラクになるわけじゃない。むしろ、休まずにいることで疲労がたまるだけ。あいつは、寝る間も惜しんで仕事をしていた。金が払えず大学を辞めるしかなかったが、どうにかもう一回復帰できないかと、彼なりに一生懸命だったのだ。 「あ、あのな、その、がんばれよ」  また、俺は考えなしに、がんばれよ、何てことを言う。  それがひどく苛ついたのだろう。  Sは、返事もせずに電話を切った。  それからしばらく経って、警察の人が話を聞きに来た。  Sは、行方不明になったらしい。
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