第1章

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 彼女の葬式に、事故を起こしてしまったドライバーの奥さんがやって来た。歩くのも辛そうな年配の女性だった。最近ニュースにもなってる話だろう。この交通事故で、奥さんの夫も死んでいる。だが、原因はあの人のダンナさんが起こした。これからもらう年金も静かな老後の生活も何もかもあの人はなくなったのだなと思うと、ドライバーに対する恨みもどこにやればいいのか、分からなくなった。  いや、俺なんてただ同居してただけの恋人だ。本当に辛いのは親御さんだろう。  親御さんの姿は思い出せない。  思い出すのが辛いのだろうか。  彼女とは大学からの付き合いだった。幼い頃は、自分がこんな純愛する奴だとは予想していなかった。いや、愛というのも違うか。あいつとは趣味も合うし、何となく、居心地がよかったのだ。互いに社会人になってからは会話も少なくなった。帰宅時間が合わず、互いに相手が寝てる顔を眺めるだけの関係だった気がする。  それでも、彼女が作ってくれる朝食、俺も作る朝食に、互いが救われていた――と思いたい。  そんな彼女が死んでしまった。  それから数週間、今働いてるとこはかなりハードで、葬式の休みを取るのも苦労したが、大変なのはそれ以降だった。納期に合わせるために、ほぼ毎日、朝から晩まで会社にいる。満員電車にゆられて、毎日、会社に向かう。 「恋人が死んだ? おれはな、親が死んでも仕事してたぞ」  上司に言われたセリフ。  他人と不幸比べをするために、不幸になったわけじゃない。  確かにあなたが受けた悲しみは相当なものだったろうが、それを俺と比べないでくれ。  言おうとして、やめた。違う、言えなかっただけだ。  もう、何にも感心がもてない。  それよりも、仕事に打ち込んで夢中になったフリをして、何も考えないようにした方がましだった。 「………」  朝や終電前の電車、ホームに立っていると、嫌な感じになる。  電車がホームに来るとき、黄色い線を越えたくなる――電車が風を切り、人を大量に乗せた棺桶のような車両を開ける。列の先頭にいたのに、ぼぉーとしていた俺は、あっさりと先頭を奪われ、慌ててドアの前辺りに立つはめに。  電車にゆられ、ドアにしがみついて人々のゆれに耐えた。外の景色を見ると、今日も雨だ。  人の群れが発する衝撃が、電車が動く度に増加される。その度に、苛立ちが生まれる。殺意が、いや違うだろ。
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