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田舎特有の地縁血縁という見えない鎖でがんじがらめに縛られたこの海辺の町は、昔からどこか排他的なところがあり、他方からの転居者に対してよそよそしく振る舞う慣習があった。
そのくせ、本人たちがいない場所では、さかんにありとあらゆるうわさがささやかれ、彼らが知らぬ間に出身地から家族構成、果ては家主の勤務先から子どもたちの頭の出来の良し悪しまでが町中に伝播する仕組みとなっていた。
そんな反吐が出そうな田舎町で、それでも周防はこれまで、特に思うところもなくごくふつうの生活を営んできたつもりだった。実際、学生である立場で何ができるわけでもなかったし、そこに生まれ育ってしまったからには、それを受け入れなければおのれ自身が生きていけないこともまた、うっすらとではあるが分かり始めていたころだった。
どんなに制服がきつくて窮屈だと思ったところで、学校という公の場に属している限りは簡単に脱ぎ捨ててしまうわけにはいかないのと同じだ。この世には、人ひとりがどうあがいたところで決して覆せない、厳然としたルールがある。
「……言ったところで、あんたに分かるのか?」
けれど、しばらくして、そのかたちの良い唇から飛び出した辛辣な言葉にはあきらかな嘲笑の響きがあり、周防の神経をざらりと逆なでした。
「そんなの聞いてみなけりゃ分からないだろうが。──で、何を読んでんだ」
だから、追及をかわされまいと、むきになってわざとそこだけ大きな声で強調してやる。と、周防が一歩も引かないことを見てとったのだろう。やがて、諦めたようにひとつため息を吐いた安積がごく小さなつぶやきを落とした。
「──ツルゲーネフ」
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