2.過去

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「……おまえ、いったい何のつもりだ?」 「え、だから、これがつるさんはまるまるむし。知らない? この絵描き歌」  笑顔で問い返したとたん、頬にしびれるような鋭い痛みがはじけた。  殴られたのだ、と少し遅れて認識した次の瞬間にはもう、周防は安積に飛びかかっていた。 「──てめえ、何しやがんだ、こら!」 「おい、こら、やめろって。宮原! 安積!」  突然始まったけんかに、教室内にまだ残っていた男子たちが慌ててふたりを止めに掛かる。誰か先生呼んできて、と騒ぐ女子生徒の甲高い声を煩わしいと思いながら、周防はただ、目の前の男を屈服させるためだけに夢中で拳をふるい続けた。 「……本当に、この度は、うちの愚息がお騒がせしてすみませんでした」  校長室のドアの前で、なかにいる教師たちに深々と頭を下げたあと、直臣がほら、と周防の背中をどやしつける。仕方なく、同じように最低限の会釈をしたあと、周防はすっかり暗くなってしまった廊下を大股で歩き出した。  ──あのあと、女子たちに呼ばれた生徒指導の体育教師に今度こそ力ずくで制止され、安積とふたり、そのまま校長室に強制連行された。生徒がこの手の問題行動を起こしたときの対応マニュアルとして、まず学校から保護者に連絡が行き、配達の途中で慌てて駆けつけた直臣と、校長を含めた教師の面々の前で、あとはひたすら反省と謝罪の弁を繰り返すはめになる。
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