2.過去

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「宮原、おまえ、安積にいったい何をしたんだ、え?」  ふだんからあまり素行の良くない周防の方が悪いと最初から決めてかかる担任に、知らず舌打ちがもれる。クラス担任である幸田というこの男性教諭は、いつもは見てみぬふりの平和主義者のくせに、こんなときばかり熱血漢をきどるから余計にたちが悪い。 「……別に何もしてねえよ。こいつが知らなそうだったから、ただ親切に絵描き歌を教えてやってただけで」 「絵描き歌? そんなでかい図体して、なに小学生みたいなこと言ってんだ。よりにもよって本にいたずら書きなんかして、わざと安積が怒るように仕向けたんじゃないのか?」  どうあっても自分を悪ものに仕立て上げたいらしい幸田は完全に無視して、隣でさっきからひと言も発しない安積に目を向ける。先程、保健室で応急処置だけは受けたものの、白い皮膚に散るいくつもの赤黒いあざが、周防に有無を言わせずおのれがしでかした現実を突きつけた。 「……で、どうなんだ、安積。おまえは、こいつに挑発されて仕方なく手を出したんだろう、な? そうだよな?」  周防の無反応を処置なしと判断したのか、幸田が今度は御しやすそうな安積を攻略しに掛かる。  現場にいたクラスメイトたちの証言で、安積が先に手を出したことはすでに周知の事実だった。となれば、あとは安積自身に、周防がそそのかしたからだと言わせれば、見事一発逆転、幸田が描く問題児・宮原周防の一丁あがりというわけだ。 「……いえ。宮原くんは関係ありません。ただ、俺が勝手に頭にきて、彼に殴りかかっただけです」
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