2.過去

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 しかし、やがて彼の口から告げられた静かな反駁に、幸田を始め、その場にいた全員が驚いたように安積に注目する。もちろん、周防とて例外ではなく、ただ、どうして、という疑問だけが頭のなかでぐるぐると渦を巻いていた。 「……だから、その頭にくる原因をつくったのは宮原なんだろう? こいつが、おまえの大事な本に落書きなんかしたから──」 「……いえ、それも関係ありません。完全に俺個人の問題です」  前言を撤回させようとなおも食い下がる幸田の詰問を穏やかに、けれどきっぱりと否定して、安積がすみませんでした、と立ち上がって全員に頭を下げる。それから、完全に当てが外れた様子の悔しそうな担任の顔を一瞥したあと、つと隣に座る周防をまっすぐに見つめた。 「……宮原──」 「──じゃあ、この件はこれにて無事一件落着ですね。良かった良かった」  と、それまで黙って事の成り行きを見守っていた直臣が、大きな拍手とともに場の静寂を破った。「ちょっと宮原さん。困りますよ、勝手に」と慌てて制止する幸田を笑顔で押しやって、直臣が校長先生、とわざとのんびりとした口調を装って続ける。 「喧嘩両成敗。昔から言いますよね。双方が非を認めたら、そこでもうこの話はおしまいだ。というわけで──周防」  そこでいったん言葉を切ると、まだうまく状況を呑み込めていない息子の腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。 「おまえが謝れば万事解決だ。ここにいる全員に心から謝罪しろ。──特に、安積くんにはな」
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