3.現在

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 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしてから、芦沢真紘(まひろ)がふと、はにかむような笑みを浮かべる。以前からひそかに、男にしておくのがつくづく惜しいと残念に思っていた端麗な容姿に、最近はさらに艶めいたあでやかさが加わり、こうして微笑むだけで、それを見ている人間の心を不穏にざわめかせる形容しがたい凄みがあった。 「……何かおまえ、どんどんきれいになるな」 「……ミヤ先輩までそんなこと言うんですか? 申し訳ないですけど、それ、まったく褒め言葉じゃないですから」  知らずこぼれた周防の言葉に、真紘がかすかに顔をしかめて嘆息してみせる。思えば、彼は、持って生まれたこの容姿のせいで、今までにもすいぶんと理不尽な経験をさせられてきたのだろう。  もうかなり前のことになるが、真紘が隣町の他校生にストーカーまがいの行為を受けたことがあった。相手は男で、連日、駅のホームから自宅まで真紘を執拗に追い回し、あげくの果てには、嫌がる彼に力ずくで迫るような態度までしばしば見られるようになった。  結局、見るに見かねた周防と安積で、ストーカー男を半ば脅迫するかたちで話を付け、その後は特に何事もなく日々は過ぎた。だが、あのときの真紘を知る関係者としては、確かに彼が自身の容姿に対してある時期、嫌悪に近い感情を抱いていたこともまた、まったく理解できないものではなかった。 「──あれ、安積さんは?」 「ああ、あいつなら、今は親父の付き添いで病院。もうじき帰ってくるとは思うけど、……なに、あいつに何か用?」  さりげなく店内を見渡す真紘に何気なく訊き返して、それからふいにその理由に思い当たる。
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