3.現在

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「……そうか。行くんだな、東京に」 「──はい」  確認する周防を色素の薄い瞳でまっすぐに見つめて、真紘が静かに首肯する。 「いつ?」 「急なんですけど、今日、これから。夕方の高速バスで向かいます」  自分たちに暇乞いを告げに来たのだと分かったとたん、胸がさびしさで締め付けられるように痛んだ。みんな、周防の前からいなくなってしまう──カンナも、親父も、真紘も。 「……何だ、本当に急なんだな。でも、芦沢がいなくなったら、親御さんや、柾(まさき)さんとか早奈英(さなえ)さんも、みんなさびしがるんじゃないか?」 「──あのひとたちは大丈夫ですよ。あおいに夢中ですから」  真紘の家族にかこつけて、無意識に彼の手を引き留めようとしている周防に気付いたのだろう。真紘がやさしく、けれど明確な意思をもって周防の手をふりほどく。  ──そうだ。彼はもう出会ってしまったのだ。  家族よりも、故郷の友人よりもずっとずっと大切な、たったひとりに。 「……そうか。元気か、あおいちゃん」 「はい。おかげで、もう毎日がお祭り騒ぎですよ。……すごいですね、子どもって。どんどん大きくなる」  嬉しそうに目を細めて、真紘が去年の夏に生まれた姪っ子の様子を語る。そこにはもう、かつて自身への嫌悪と周囲への不信を抱えていた硝子細工のような硬質な少年のすがたはなく、他者への限りない慈しみを湛えたやわらかな眼差しを持ったひとりの青年がいた。
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