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とまどいがちに向けられた真紘の視線を避けようと、周防はわざとぞんざいな仕草で手を振る。羨望とさびしさ、せつなさや感傷、さまざまな感情がない交ぜになって押し寄せてきてはちりちりと胸を苛んだ。
「──後悔はしていません」
しばらくして、静かな、けれど毅然とした真紘の声が耳を打った。
「それでも、ときどき考えることはあります。……もし、あの夏、穂高に出会わなければ、俺には今とは違う選択肢があったのかも知れないって」
「……芦沢」
「でも、同時にこうも思うんです。──もし、俺と会わなければ、穂高にもきっと、今とは違う人生があったはずだって。……その人生を、彼から奪ってしまったのが俺だってことも」
うつむいていたので、表情までは伺えなかった。けれど、ダッフルコートを掛けた腕が、布地を掴む指先が、かすかにふるえているのを周防は見逃さなかった。
……そうだ。怖くないわけがない。
どんなに大人びてしっかりしているように見えても、真紘はまだたったの十八歳だ。少年と青年という不安定な時期の狭間を行きつ戻りつしながら、ようやっと人生という大海にこぎ出したばかりのひとりの若者だった。
「──だから、俺は絶対に後悔だけはしません。……そして、穂高にも、俺と生きることを選んでくれたことを後悔させたくない」
何かを決意したようにつと顔を上げて、それから真紘がこのうえなく鮮やかに微笑んでみせる。
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