3.現在

8/9
前へ
/109ページ
次へ
 真紘は必死で否定してみせたが、今でも周防はそう思っている。あの夏の日、真紘がいなかったら、カンナはおそらく今、ここには存在していなかっただろう。 「……カンナ、おまえも見ててくれる? 俺たちのこと」  そこに確かに息づく命の温もりを確かめるように、真紘が腕のなかの彼女に小さな声でささやく。その瞳から、ふいにきれいな涙がひと粒、堪えきれずに白い頬に転がり落ちた。  ──おそらく、勘の良い真紘は気付いているはずだ。カンナがもうあまり長くはないということを。  それでも、この次に会うときまで、願わくはずっとずっと、という真紘の声にならない祈りを、周防は確かに聞いたような気がした。 「──あ、芦沢ー! ここにいた! おーい」  と、大きな掛け声とともに、開いた自動ドアの向こうで真紘と同年代くらいの男子たちが数人、こちらに向かって手を振った。声に驚いたのか、するりと逃げていくカンナを心配そうに見送りつつも、あいつら、と眉をひそめる真紘に誰? と尋ねると、「高校時代の友人です」という憮然とした答えが返ってきた。 「さっき連絡が来て、あとで見送りに行くからって言われて。いいって断ったのに、あいつら、絶対おもしろがってるに決まってる」 「何だ、そうだったのか。──よし、じゃあ、出発前に腹ごしらえしろ。おーい、おまえらもなかに入って来いよ! 肉まんでもおでんでも何でも好きなもの食わせてやるから」 「……え、いや、そんなわけにはいきません。悪いです」 「いいっていいって。俺からのせめてもの餞別だ。ほら、おまえらも。遠慮しないで入って来いって!」
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!

469人が本棚に入れています
本棚に追加