4.過去

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4.過去

「──……ここか」  担任の幸田から聞き出した住所を頼りに、ふだんはまず寄り付かない高級住宅街をうろつく。ようやくその目的地にたどり着くと、周防は大きなため息とともに思わず眉間を押さえた。  これはまずい、と直感的に悟る。これじゃあ、あのかしましい田舎すずめたちの格好の餌になるのも無理はない。  ──周防が住む海辺周辺の町からさらに十キロほど離れた山間部のこの辺り一帯は、以前は別荘地として名を馳せた一等地だった。今では別荘と名の付く建築物はほとんどすがたを消し、代わりにその後、競うように次々と建造された高級物件が立ち並ぶ住宅地の一角として周知されるようになった。  そのなかでも、ひときわ大きくかつ広大な日本庭園をしつらえた一軒家を前に、周防は頭を抱える。何でも、かつてこの地に居を構えていた某政治家が亡くなったあと、処分に困った親戚縁者によって長らく売家として出されていたのが、今目の前にあるくだんの物件だった。  ……どうしてまた、よりにもよってこんな目立つ家を買ったものか。  詮ないことだと知りながらも、いまだすがたを知らない安積の父親に問いただしたくなる。こんな古物件、ただ維持するだけでも相当な手間だろうに。  ましてや、父親と息子──たったふたりで暮らすには、この家は広すぎる。  早くも挫けそうになる心を奮い立たせて、門柱の脇に取り付けられたインターフォンを押す。返答を待つあいだ、周防はこの数日で聞いた、否が応でもよみがえる彼らのさまざまなうわさを思い出していた。
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