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 ついでに、今までの積もり積もった不平不満をぶちまけようと説教モードに突入しかけた周防の背後から、それまで店内でこの顛末を見ていたのであろう若い女性客が、おずおずと会計を申し出る。慌てて、即席の営業スマイルを顔面に貼り付けると、周防は申し訳なさそうに肩を縮める彼女を、丁寧な物腰を心がけつつカウンターに素早く誘導した。 「──大変失礼いたしました、お客さま。どうぞ、こちらでお預かりいたします」 「……うめえ……」  ようやく訪れた朝食の時間、ひとりずつ交代で食卓に着き、安積がつくった今が旬のあさりの味噌汁を啜ったとたん、周防の口から感嘆のため息がもれた。あさり自体からにじみ出す上質の出汁はもちろん、その風味を損なわない程度に絶妙になされた味付けが、至福のひとときを演出する。 「……くそ、安積のやつ、相変わらずいい仕事しやがる」  ふとこぼれた褒め言葉を、本人に聞かれていないかこっそり確認して、ふたたび椀に口を付ける。先程とはまた微妙に違う複雑かつ芳醇な味わいに、さっきまで緊張に強ばっていた胃袋がゆっくりと嬉しげにうごめき出すのを感じた。  全国規模としてはごくごくマイナーな某コンビニのフランチャイズ店を営む周防の自宅周辺は、もともと海に近いこともあり、かつては漁業がさかんな町として知られていた。  現在ではだいぶその数を減らしたものの、それでも近所を廻れば、十軒に一軒くらいは漁師として日々の生計(たつき)を得ている家庭も実際にまだ存在する。
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