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「……よっぽどの理由って、あいつのあの愛想のなさは、十分、接客業に不向きと判断されても仕方ないレベルだと思うけど」 「まあまあ、そう言ってやるなよ、周防。坊のことは、あいつの親父さんから直々に頼まれてるんだ。そうやすやすと、男同士の約束を違えるわけにはいかねえよ」 「男同士の約束って……いったい、いつの話を持ち出してんだよ」  ──かつて、コンビニの前身として宮原酒店という酒屋を営んでいた直臣は、もともとの面倒見の良さに加え、その豪快な男気で町の連中から頼られ慕われていた。また、一軒ずつ家を廻っては品物の注文その他簡単な配達まで気軽に引き受ける、御用聞きという役割を担っていたこともあって、自宅周辺の住民には広く顔を知られる存在だった。  そんな直臣が病を患い、寝たきりの生活になったのは三年前の今頃──長い冬が終わり、ようやく春が来たか、と人びとが暖かな陽射しに目を細めるようになった季節のことだった。 「……なあ、カンナのやつ、最近ずっと親父のそばにいるよな」  愛猫の黒くつややかな背中を撫でながらふとこぼれ落ちた愚痴に、もしかしたら自分はさびしいのかも知れない、と思う。以前はずっと、周防にまとわりついて離れなかったカンナが、今はただ残りの日々を消化するかのごとくこんこんと眠り続けている。    いわゆる愛玩動物の寿命が人間のそれよりもずっと短いことを、頭では理解しているつもりでも、その事実が何だかひどくやりきれなかった。 「──ああ、そうだな。きっと、カンナも分かってるんだろう。もうじきお迎えが来るって。だから、同じにおいのする俺の近くが落ち着くんだろうよ。動物の本能ってやつだな」 「……なに辛気くさいこと言ってんだよ。カンナはともかく、親父はまだまだそんな歳じゃねえだろうが」
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