1.現在

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 さらりと核心を衝く直臣の言葉を、周防は笑い飛ばすことで懸命に否定してみせる。そうする一方で何故か、だとしたら、という抗いがたい仮定がふいに頭をかすめた。  ──もし本当に、動物の本能というものが備わっているのだとしたら、カンナのように、そして親父のように、安積もまたどこかで気付いているのだろうか。  周防が、もうずいぶんと長いあいだ、彼を怖いと思っているということを。 「……それと、さっきの話だけどさ。別に権限なんかなくても、あいつは──安積は、親父の言うことなら絶対に聞くよ」  改めて、ベッドのうえの直臣に向き直ると、胸にわだかまったままの鬱屈を思い切って吐き出す。……そうだ、彼はおそらく、親父が死ねと言ったら、一瞬もためらうことなく、むしろ喜んで命を投げ出すだろう。たとえどんな犠牲を払ってでも、必ず成し遂げようとするだろう。  直臣のために──それがこんなにもたやすく想像できてしまうことが、そして、そんな安積を見ていることが、周防はずっと怖かった。 「何だ、まだそんなこと言ってんのか。……じゃあ何か。おまえは坊に、ここをやめてまた東京に戻れって言うのか? それはあまりにも薄情ってもんだろうが。──それでもおまえ、坊の友だちか?」  周防の言葉を真に受けたのか、ときおり苦しそうに喉を詰まらせながらも、持ち前の熱血漢ぶりもあらわに直臣が声に険をしのばせる。自分を頼ってきたものは何があっても決して裏切らないというかつての信念が、病身となったこの父親の肉体にいまだに宿っているという事実は、息子である周防をまたほんの少しせつなくさせた。 「……友だちなんかじゃねえよ」
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