プロローグ

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◆バノン歴四百九十七年  カンタヴェリの月三十日〝聖誕祭〟 「今からあんたは、街に行ってこれを歌うんだ。それから後は、橋から飛び降りるなり自動車の前に飛び出すなり好きにすればいい」 ここから書き始めたのでは、説明不足か。 彼女について――いや、聖誕祭のことから説明したほうがいいだろう。 聖誕祭は、神がこの世界に降臨したと信じられている日だ。 正式には、バノン歴の歳末、カンタヴェリの月三十日のことを指している。 オブスキュラには、この日にまつわる伝説がたくさんある。 代表的なものは、何といっても聖人ジェド・ニコラオスの伝説だろう。 聖人ジェド・ニコラオス。 彼は聖誕祭の真夜中に人々の家を訪れ(侵入経路は主に煙突らしい)、プレゼントを置いて去っていく。その姿は、恰幅のいい老人だったり、スマートな青年だったり、描き手の好みによって様々だが、赤い祭服が共通のトレードマークになっている。 モデルは聖七福音教会の草創期に貧しい人々を救済し た神父という説が有力だ。聖誕祭は祝福が降り注ぐ特別な日としてオブスキュラの人々に広く認知されている。 聖七福音教会の教えによると、この日だけは信仰の有無に関わらず全ての者に奇跡がもたらされるらしい。 ところが、貧しくて不幸な人間が、聖誕祭の夜、誰に気づかれることもなく死を迎えていた――というケースは後を絶たない。 全く、おかしな話だと思わないか? まぁ、聖七福音教会にクレームをつけたところで、「死は生命の在り方が変わるだけで終わりではない」などという適当な理屈をこねられて、「これも神様の思し召し」と綺麗に締めくくられるのがオチだろうが。 おっと、話が逸れてしまった。そろそろ本題に戻ろうか。 余計なことを書き過ぎると、親父にひどい目にあわされてしまう。
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