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Chapter 1
暫く痛みに耐えようと足掻いた後、美郷尚晴(みさとなおはる)は我慢できずに仕事を放り出し、額をラグに押し付けた。しかし楽になったと思ったのは、ほんの一瞬で、かなりまずい状況は変わらなかった。
もし、このまま動けなくなっても、一人暮らしの尚晴を助けてくれる人はいない。机の上には、訳しかけの原稿や資料が待っている。
姉に電話で助けを求めるか――だが、姉に姉の家族があり、今は仕事の真っ最中だ。
ふと、尚晴の頭に浮かんできたのは、あの青色はなんという色だったのだろうということだ。観光番組で見るような海の色。そう、カリビアンブルーだ。それは今、尚晴が姉に助けを求める以外の解決策として思いついた、整体だか鍼灸院だかのイメージカラーだ。その医院の配色が気になったのは、丁度、色をテーマに書かれた記事の翻訳するために調べていたからだ。
心細かった。このまま孤独に死んでいく未来が見えるような気がした。間抜けな理由で起こした腰痛に、そこまで思い詰めるのはバカだろう。頭では分かっているのに、具合が悪いと不安が先走って、どんどんネガティブになっていく。尚晴は意を決して痛む腰を押さえながら立ち上がった。
部屋着からこましな服に着替え、顔を洗い、髪を整えた。出掛けないといけないという緊張感のせいか、思ったよりも動けた。
三十路を越えたところで、まだそこまで老いを感じる出来事はなかったが、洗面所の鏡に映る自分は随分情けなく急に老けた気がした。
尚晴は使い古したいつもの鞄に、財布と読みかけの文庫本とペットボトルとハンドタオルを放り込んだ。手ぶらで行ってもいいのだが、どれだけ待たされるか分からない。この状態で本が読めると思わないが、何も持っていないとそれはそれで不安なので仕方ない。
そう、何もかも不安だ――尚晴は少し考えた末、ダイニングテーブルに置いてあった薬袋から錠剤を一つ取り出し、それを水で流し込んで家を出た。
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