Chapter 2

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「心当たりありました?」 「はい」  尚晴は頷いた。キッチンに飲み物を取りに行こうとして、何故か目測を誤って入り口で肘を打ち付けた。その時はあまりの痛さに蹲るほどだったが、すっかり忘れていた。普通の人なら、そんなこんなも全部面白おかしく話すのかもしれないが、尚晴はそれ以上何も言えなかった。尚晴は自分の話をするのが得意じゃない、話を膨らませることができない。施術時間が他の人と被ると、横から楽しそうな会話が聞こえてくる。その都度、心が沈んだ。自分の施術中は、橘もさぞ詰まらない、もしくは気まずいだろう。  橘はスッと距離を詰めてくると、再び尚晴の腕を取って袖を捲った。 「ああ、ここですね。ぶつけたんですか? 痛かったでしょう」  橘の手の中で自分の腕は、まるで男の腕とは思えないほど細くみえた。元々、線が細いのもあるが、ほとんど自宅で仕事して過ごすだけの毎日では、筋肉が付くわけもない。 「……はい」  同じ返事を繰り返し、尚晴は俯いた。理解してもらえることが心地いい。それに、立ち姿を見ただけで、どうしてそんなことが分かるのだろうかと驚くと同時に尊敬もする。 「はい、オッケーです。今日もお仕事ですか?」  橘は、ポンと肩を叩いて乱れた服を整えてくれる。 「そうです。自宅で仕事をしてると、休みは関係ないです」  そんなつもりはなかったが、また素っ気ない答え方だったかもしれない。ここ数週間、他の誰よりも会っているのに、まだうまく話せない。  だが、橘は一切嫌な顔をしない。それどころか、会話を楽しんでくれているような顔をする。 「あー、そうなってしまいそうですね。でも、デートしたり、オフの予定もあるでしょう?」  橘は壁のそばに立ったまま、尚晴の身体にかけていたタオルを畳んでいる。尚晴も施術台から立とうとは思わなかった。次に待っている患者がいないし、もう午前の診療時間は終わっている時間だろう。そういう時、橘は何かと話を振ってきて、尚晴の少ない返答から話をあちこちへ膨らませていく。  「な、ないです、そんなっ……」  思わぬ個人的な話に心臓がトクンと跳ね、頬が熱くなった。 「そうなんですか? 勿体無いですね」
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