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恋愛の話を振られるのは初めてだった。
「も、勿体無い?」
「だって、高校にこんなに若くてカッコイイ先生がいたら、生徒さんたちが放っておかないでしょう?」
「いいえっ。だ、だって仕事は仕事ですし」
一コマ五十分の英語を教えるだけで、尚晴は生徒と個人的な会話はしない。積極的に話し掛けてくる生徒もいるが、三十路過ぎの愛想の悪い教師が恋愛対象になるとは思えない。強張った顔のまま橘に目をやると、彼は悪戯っこい笑みを浮かべている。
尚晴は頭と手を総動員してブンブン振って否定した。
「あり得ないですからっ。相手は子どもですよ」
「美郷さんは年上と年下、どっちが好きですか?」
からかうように口角を上げる橘を見て、なんでこんな話になっているのだろうと思いつつ、尚晴はまた頭を振った。
「どちらも相手にしてもらえないです」
ここ最近に至っては、凄まじい勢いで挫折ばかり味わっている。何度かデートしても、全然距離が縮まらない。学校でもどこでも、心の開き方は教わらなかった。
ゆっくり近付いてきた橘は、珍しいことに尚晴の隣に腰掛けた。
「やっぱり勿体無いですね」
いつも物腰柔らかな彼の声が、輪を掛けて優しくなる。
「勿体無いなんて……」
「どうして、相手にしてもらえないなんて思ってるんですか?」
施術台に手をついた橘は、尚晴の方に身体を傾けてくる。彼はドクターではないが、心療内科をはじめ、今まで尚晴が世話になった先生方と呼ばれている人に、橘みたいに若い人はいなかった。年の変わらない男性に、こんなふうに労わられた経験はない。他の患者のように、彼と気楽に話してみたいと思うが、どういう距離感で接するべきなのか、色々考え過ぎて自然に話すことができない。
「ぼ、僕は……早くに両親を亡くして――姉が親代わりだったんですけど、お話しした通り、体調を崩したり仕事を変わったり、周りに迷惑や心配ばかりかけていて何の価値もない人間なんです……一人ならこのまま孤独死してもいいかもしれないっていつも思うんですけど、姉のために早く結婚しないといけないのかなと……。こんな僕と付き合いたい女の人なんて、いるわけないんですけど……そ、それで、その――じ、実は、こ、婚活してるんです!」
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