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『ひらく鍼灸整骨院』と柔らかなフォントで書かれた自動ドアをタップすると、「こんにちは」と穏やかな声が出迎えてくれた。声の主は、尚晴とさほど年齢の変わらなさそうな、だが随分背の高いスクラブを着た男性だった。こういった職業の人は、仙人のような個性的な風貌の年配男性だと想像していたが、目の前の人物は全くそれと違っていた。
「こ、こんにちは……あの、初――」
尚晴が挨拶を返すと、相手はそれに被さるように、たおやかな微笑みを浮かべた。
「はい、初めましてですよね」
尚晴は彼に見惚れながら、子どものように頷いた。そんなふうに自然で気持ちが凪ぐ笑顔を見たのは、久しぶりだった。
「本日、担当させていただきます、橘啓(たちばなひらく)と申します。どうぞよろしくお願い致します」
尚晴も挨拶を返し、促されるまま、施術台に腰掛けて渡された問診票の記入を始めた。その施術台も、ガラス張りのファサードに貼られたカッティングシートと揃いのカリビアンブルーだ。入り口に向かって右にレジカウンター。その奥の待合スペースには三人掛けの座り心地の良さそうなソファと椅子が二脚。施術台が二台。それがいつも前を通っていたこの医院の全貌で、院内には他に誰もいないようだった。繊細なピアノの旋律に女性ヴォーカルの曲がやや小さめのボリュームで流れている。
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