Chapter 2

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 確かにいつも気分が悪いから飲んで家を出てくるわけではない。もしそうなったら、という不安からだ。誰かに不健康な人間だと思われたくない。誰だって体調を悪くすることくらいあるのは理屈で分かっていても、弱みを見せたくない。 「美郷さんは、そういうこと誰かに言うのが苦手なんですよね、多分」  指摘されて、ドキリとした。橘には身体の状態は勿論、心の中まで見透かされている気がする。尚晴の着ているスプリングコートの襟に手を伸ばしてきた橘は、当たり前のように乱れていたらしい襟を整えてくれる。そういう仕草は、おそらく美容師が自分の施したカットの具合を確かめるのと同じようなものだろう。襟元に視線を落とした橘の睫毛が尚晴の視界に入ってくる。男性の何も化粧品を着けていない睫毛でもこんなに綺麗なのだ。女性は何故、あんなにベタベタと化粧でそれを強調する必要があるのだろう。吹いてきた風に乗って、石鹸のような橘の香りが尚晴の鼻孔を擽った。 「気兼ねなく言いたいことを言えるようになったら、ストレスも減るかもしれませんね」 全くその通りだろう。だが、面と向かって、尚晴にそうしていいと言ってくれた人なんていなかった。男相手にどんどん赤面していく自分に余計に混乱する。 「あ、ありがとうございました」  軽くお辞儀をして、尚晴は足早に自宅へと急いだ。
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