Chapter 3

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Chapter 3

「こんにちは。今日は早かったんですね」   尚晴がいつも通り自動ドアをタップすると、ちょうどタオルを片付けていた橘が笑顔で迎えてくれた。回を重ねるごとに、彼の口調は砕けてくる。尚晴の方は、それに気付いていても同じように接することができない。相変わらずぎこちないままだ。 「は、はい! こんにちは」  橘とは相性がいいのだろう。通うのは苦にならないし、身体の調子もいい。言われた通り、橘の元へ行く時は頓服を飲むのも止めた。わざわざ報告はしていないが、本当は暫く頓服を飲まずにいることを、子どもみたいに橘に聞いてもらいたい気持ちがないわけでもない。  今日は院内の景色が少し違っていた。空いている時間を狙ったはずなのに、施術台のカーテンは両方とも閉まっている。昨日が雨だった分、混んでいるのかもしれない。だとしたら、あまり橘と話ができない。  昨夜は翻訳の納期が迫っていて、夜遅くまで作業をしていた。仕事だから締め切りを守るのは当たり前だが、達成感を橘に聞いて欲しかった。今朝起きてからここに来るまで、どう話そうかと頭の中で思い描いていた。これまでは、たまに会う姉を相手にしか話さなかったような日常の些細なことを、今は橘に話すことを前提に考えてしまっている。 「美郷さん、すみません、ちょっと掛けてお待ち下さいね」 「はい、大丈夫です」  尚晴はソファに腰掛けて鞄から本を取り出した。でもそわそわして内容は入って来そうにない。
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