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ほとんど橘に背中を押されるようにして、救急病棟まで辿り着いた。橘を廊下に残し、尚晴は看護師に連れられてベッドに身を横たえている姉と対面した。
「なお、来てくれたの」
育ての親でもある姉、秋乃が気付いて声を掛けてくる。サッと血の気が引いた。美しい姉の目元が腫れ上がり、生々しく血が滲んでいる。目だけじゃない、小さな顔が全体的に腫れて歪んでいる。
「すみません、書いていただきたい書類があるんですが」
横から忙しない空気を纏った看護師に話し掛けられて辛うじて頷くが、何を言われているのか頭に入ってこない。
「ああ、旦那が来たら書いてもらいます。これは離れて暮らしてる弟なんです」
姉の方が看護師に気を使ってそう言うが、身を起こしかけて制されてしまった。
「なお、大丈夫? 真っ青よ?」
尚晴の様子に危惧した姉が腕を伸ばしてくる。その腕にも血が付いていた。それら正視しがたい全てをどうにか振り払おうとして、尚晴はブンブン頭を振っていた。
「ちょっと、尚晴?」
怪我をしている姉の方がよっぽどしっかりしていた。大丈夫、大丈夫なのだ――自分にそう言い聞かせようとするが、どんどん苦しくなってくる。つい周りのベッドにも目がいってしまう。色々な症状の患者が所狭しと並んでいた。怖かった。気分が悪くて、とにかく逃げ出したかった。ほとんど本能的に後ずさっていた。尚晴はUターンし、廊下に飛び出した。
「美郷さん?」
追いかけてきた橘に腕を掴まれた。
「どうしたんですか、大丈夫ですか?」
喉元の苦しさが、もうまずい段階に来ていた。これがくるとムカムカしてきて苦しくて苦しくて――。
「美郷さん、座りましょう」
橘の腕が身体を掬うようにまわってきて、ソファまで引きずられていった。でももう、座ってどうにかなる状態を超えている。気分の悪さに震えがくる。橘が手首に触れてきた。
「ゆっくり呼吸して下さい」
「ん、ううっ……」
焦燥感から、首を振って嫌だと意思表示した。冷たい汗がじわっと身体を覆う。頭がくらくらしてくる。喉元から何かがせりあがってくるような感じがする。
浅い呼吸を繰り返していると、離れていった橘が看護師と何やら話している。指先がひんやりして痺れ、視界がチカチカしてくる。吐いたらどうしようと、それ以外のことは何も考えられない。
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