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「途中で辛くなったら、遠慮なく仰って下さいね」
見ただけで分かるのだったら、橘は尚晴が嘘をついたことにも気付いているだろう。だが、優しくそう言っただけで、彼は再び問診票に目を落とした。
ペンを持つ指先は、念入りにケアされているのか不自然ではない程度だが、男性ではあまり見ないほど爪が綺麗だった。本人の印象そのまま、橘の問診は丁寧だった。優しくて穏やかな彼の声音は、尚晴の警戒心をどんどん解いていく。最近、プライベートで色々な人と会話する機会を多く取っているが、どれも散々で、こんなに落ち着いて誰かと話ができたのは久しぶりだった。
「なるほど……薬は、どんなものかお伺いしてもいいですか?」
そう聞かれたのは、痛む部についてだけでなく生活リズムや食生活について話をして、更にはデスクワークをしている時の姿勢まで言い当てられた後だった。
「薬は、えと、色々と……でも、あの、関係あるんでしょうか?」
身体を痛めたことと因果関係があるとは思えないが、質問自体に不快感を覚えなかったのは、橘に好感を抱いているからだ。
「すみません、実際、触らせていただいてからになるんですが、場合によっては鍼を使ったりするんですが、薬によっては効きが鈍かったり、痛み自体にお薬の影響があるかもしれませんので。一応、薬学の勉強もしているので、参考にお聞かせいただければ力になれることもあるかもしれません」
そこまで丁寧な説明をされれば、尚晴も安心した。忘れないようにいつも鞄に入れているお薬手帳を、尚晴は橘に渡した。
「持ってらっしゃるんですね、ありがとうございます」
その口調は何故か褒められているような錯覚に陥り、ちょっとくすぐったい。手帳を受け取った橘は、少しの間黙って熱心にそれを見ていた。
「セルベックスやビオフェルミンは置いておいて――パロキセチン、ロゼレム、ルネスタ、あとレキソタンですか――どれくらい前から飲んでらっしゃるんですか?」
同世代と思しき同性に、情けないことを知られたくない。やや躊躇ったが、尚晴はおずおずと口を開いた。
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