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「どうして結婚したいんですか?」
「それは……」
痛いところを突かれて、尚晴は自分の指を弄んだ。一人でいる方が楽だ。自分の心配だけしておけば良くて、他人の荷物まで抱える必要がない。多分、本当は結婚したくない、だから結婚生活なんか思い描けない。だが、このまま誰にも選ばれず、誰も選ばずに一生を終えてしまうのだとすれば、それも切ない。それに結婚すれば、姉夫婦も安心するだろう。義兄の戸惑いもなくなるかもしれない。年齢的に早く相手を探さないといけないという焦りもある。
「ねぇ、美郷さん、本当に求める気持ちがあれば心が熱くなって、自然とその人のことを考えるようになるはずですよ。何も考えずに、一緒にいたいって思える人と出会えるといいですね」
「はい……あの――」
「何ですか?」
「本編、始まってます」
橘は尚晴からテレビ画面の方へ身体を向けると、あっ、と呟いてクスクス笑った。尚晴も笑った。
もう一度、最初から再生して、今度は黙って画面を観ていた。好きなドラマなのに、今日は色々あった上に、お酒を飲んだせいで油断すると瞼が落ちてくる。ガクンと身体が揺れ、ついには肘掛に額をぶつけそうになった。既のところで、身体にまわってきた腕に引き戻された。
「大丈夫ですか?」
間近で橘に顔を覗き込んでくる。寝ているのか起きているか曖昧な状態を急に中断され、クラクラした。
「眠くなっちゃって……すみません」
それに、珍しく自分の話をいっぱいしてしまった。ちょっと心地いい疲れだった。
「また次回にしましょうか」
まだ抱いたままの肩を、橘はポンポンとあやす様に叩いてくる。伝わってくる橘の体温が心地よかった。
「あの、先生……ごめんなさい」
次が本当にあるのだろうか。一人で観た方が効率はいいし、橘も気を使わなくていいに決まっている。
「あんな美味しい物食べさせてもらって、何の文句もありません」
橘の手は尚晴の首筋を彷徨っている。だが、施術の時と少し違う。思わず尚晴は身を捩った。
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