Chapter 1

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 橘も内心は呆れているのかもしれないが、尚晴が医者やカウンセラーに繰り返し話してきたこれらの拙い説明をカルテにメモを取りながら真剣に聞いてくれた。 「分かりました。それで今は――在宅で翻訳なさってて――講師というのは、先生をなさっているということですか?」 「ええ、はい、週に二日、高校で英語を教えています」 「そうか、それだと毎日ラッシュに通勤しなくても済みますね。なるほど」  こんな人間が、人に物を教えているということに尚晴は引け目を感じてしまう。橘が皆と同じように、「凄いですね」と言わないことを有難く思った。このところ、赤の他人とぎこちない会話ばかりしていた尚晴は、橘の痒い所に手が届くような話し方が心地良くて堪らなかった。     
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